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極楽に住むという蜻蛉
最近、おぎやはぎのDVDを借りて見たり、笑い飯のラジオとか聞いてみたりしている。
面白い、使い古された表現だが腹かかえて笑う、死ぬほど笑う・・・・・・腹筋がいたい

だけど次の日には、もう何がおもしろかったのかも忘れている。
まるで何事も残らなかったように。
さらに時には「くだらない」といって、それらを断罪する。
なんでこんなに面白いということは儚いんだろう、と思ったりする。
あっというまに掠れて消えてしまう。

めちゃイケは、最高に面白い番組である。
土曜の夜にこの番組を見逃すと激しく後悔する。
「笑える」ことを期待してみるからだ。
そして大概、その期待は裏切られない。

でも今週はちょっと、違う思惑が入ってしまって、
ノイズのようになっていた。それが悲しかった。

美しい極楽を飛んでいても、蜻蛉は生物なのだ。
ただそれだけの事と受け止められないのが、困ったもんである。
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ネットゲーム=遊園地
ネットゲームとはわりと長い付き合いだ。
UOをはじめたのは発売されてから半年後のことだから、8年?
最初のサーバはグレートレイクだっけか、日本人ギルドなんて2つ、3つくらいしかなくて、あっというまに全員知り合い状態。
鬼軍曹のようなギルドの先輩に、リッチの魔法千本ノックをうけさせられ耐性(レジスト)スキルを上げさせてもらたっけ。
しかし、入ったギルドも半年たたずして解散し、そこから私の放浪ははじまった。
ネットゲームの流行はDiabloが全盛、スタークラフトもやったっけ。
ネットゲームの楽しさに取り付かれた私は、発売されたばかりのEver Questを即ゲット1年半近くのめりこんでいた。
ひたすらパーティを組んで、世界中のさまざまなダンジョンをさまよい、アイテムをあさる。
いつもパーティ組むメンバーも決まっていて、楽しい毎日。

・・・・・・やめたきっかけは、ギルドに誘われなかったという、今思えば、自分からいれて、と一言云えば入れてくれたに違いない(と思うほどには仲良かったつもり)
そして黙ってその世界を去ってみたものの、MMOから離れられることはできなかった。
アナーキーオンラインやらPSOやらバルダーズゲート、Linageもちょっとやったなぁ、RPGではないものを含めたら数え切れないほど。
そしてFF11、これは久しぶりに長かった2年近くはまっていた。

だがやはり唐突に終わりはきて、またもその世界を去った。
私は飽きっぽいのか? それともネットゲームとはそういうものなのだろうか?

City of Heroesをやっていたとき、中世ファンタジーにない世界観(ヒーローだらけです。あなたもヒーロー私もヒーロー、だから世界をすくいましょー)に心救われた気がした、
別に私はRPGの法則に魅せられているわけではないと。勇者になりたいわけでも、世界を救いたいわけでもない、と。

そうだ僕は、遊び場がほしかったのだと。
砂場が、ジャングルジムが、シーソーにブランコが欲しかった。
いや、本当はそんなものもいらない。
そこにいつでもいる遊び仲間さえいれば、それでよかった。

「次はあれに乗ろうぜ?」って声をかける為に、ネットゲームを続けているんだ。
かつての仲間たちと、あるいはまだ見知らぬ誰かと。
ダ・ヴィンチ・コード(ダン・ブラウン著)
ダ・ヴィンチ・コード読了。
トンでも話は料理人しだいで絶妙な物語になるという、本。
読みやすく、面白い。
幕間劇が多い気がしたが、まぁこれは映画の手法が大好きな欧米の作家にはありがち、仕方ない。
でもよくよく絵として考えてみると主人公とヒロインの掛け合いばっかなんだよな、それだけでよjくこの量をもたせられたもんだと思う。
たぶん何人かは、この作品のことを題材選びで成功しただけの作品と思うかもしれないが、文章力がなければこの量を読者に読ませることはできないと思う・
内容については触れない。どこを切ってもネタバレになりそうだしね。

ダ・ヴィンチ・コード
「豆腐小僧双六道中ふりだし」(京極夏彦 著)
「豆腐小僧双六道中ふりだし」(京極夏彦 著)読了。

豆本ってこんなに厚かったか?というのが最初の印象である。
大体重いし、寝転がって読むのが読みづらい、半身浴しながら読書なんてことも無理だ。
だけど面白い、読まずにはいられない。ひどい話である。
いや話は滑稽である愛嬌さえある、だがテーマが重い。
ようは、何故に存在し、何ゆえにこの世から消えるか、ということである。
ほらみろ、ひいた。そんな哲学的なモチーフなぞ古臭い、辛気臭い、重苦しい。
それを埋めるように文章は軽妙で、狂言回しは軽佻浮薄、いわゆる馬鹿である。
馬鹿なのだが、真剣である。ふざけている様子でいて、ちともふざけていない。
そういうキャラである。そういうキャラの話である。

たぶんどこかで感じているようなこと、誰しもが考えるそんなこと、些細な気づきでさえ、やたら定義づけされる世の中である、
それを曖昧な姿のままにしてくれないのならば、結局は私たちもそういうキャラで化けて出るしかない?

豆腐小僧双六道中ふりだし
自分用Bot
自分用のボットがほしい。
あらゆるメディアから自分の嗜好にあったものを検索、保存して、あとから気ままに眺められるようにレイアウトしてくれる。
Winnyが流行したのは、このキーワード検索の心地よさが原因なのだろうと思われ。
Googleのキーワード広告が順調にのびているのもこのせいだろう。

ワンセグ放送が見れる携帯に買い換えたのだが、これがいわゆる字幕というやつが画面下段に表示される。今はまだTV局がわが力を入れてないのか、表示される番組は少ないのだが、この字幕情報はすごく便利である、イヤホンをつけずとも出演者のセリフがわかるため、電車の中でも周りを気にせずすむし、手軽なのである。私が歳をとって聴力が弱ったら、とてもありがたいと思うのだ。

で、この字幕情報がすべての動画につけられ、字幕の文字情報に検索をかけることができるようになったら・・・なんと便利な機能になるだろう?
たとえば国会中継で、どの議員がどんな発言を過去していたか、一発で検索することができる。
ニュース速報で聞き逃した、人の名前も検索することで確認することが可能だ。
録画するときも、事前に字幕情報から予約できれば、まぎらわしいタイトルを除外して保存できないか?

自分用のボットと、字幕文化、実現するのはあとちょいな気がするんだがなぁ
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